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今年の年賀状はこんなでした。
ねずみといえば鏑矢 ということで。
夏発掘の整理作業と
去年の春発掘の整理作業と
今年の春発掘の準備と
三年演習(卒業要件)と
就職活動とが重なって
ちょっと死にそうです。
以前書いていた神代の外伝っぽいのをもう一度置いておきます。
いつか続きが書けますように。。
朝霧を振り切るようにして、二つの馬影は山道を行く。漂う霧は色濃い緑の間からゆっくりと流れ出し、留まる事を知らぬようだった。その木々の間を縫い、山道をゆく馬上の青年に迷いは無い。
「ほんとに、こっちで合ってるのか?」
うんざりとした問いかけが背に届く。
「……さあ」
「……って、おい、じゃあどこに向かってるんだ」
けれどもしっかりとした足どりに反し、八千穂が返したいらえは曖昧であった。呆れたような宿那の言葉に、八千穂はわずかに思案して言う。
「さあ……ただ、呼ばれている」
「地霊か?」
「おそらくは」
頷く八千穂に、宿那は溜息を吐きたくなった。呼ばれたからほいほいついて行くのか。この男が豊葦原の王なのだと思うと、何やら頭が痛くなりそうだ。周りも八千穂も散々自分を子ども扱いしてくれるが、宿那としては子供はどっちだと声を大にして叫びたかった。そんな宿那の心をよそに、八千穂は更に深い山の中に分け入ってゆく。仕方なく、馬の手綱を握りなおして宿那もそれに続いた。
「近江まで行ったらさ、一度出雲に戻らないか?」
「ああ、そうだな……」
とりとめも無く話しながら、二人が進むのは大和国。この深い山は三輪というのだと、昨日話を聞いたムラの者は言っていた。誰か住まう者はあるのか、と問うてみると、妙な表情が返ってきたことが気にかかる。けれどそれ以上も聞かず、二人は山へと分け入ったのだった。
濃密な霧がじっとりと髪を濡らすのが疎ましく、宿那は尾のように括った髪を頭ごとばさばさと揺らした。手綱を握る袖も心なしか水気を含んで重い。初春の大気はまだまだ冷たく、旅をするのによい季節とは到底思えなかった。奥山には根雪さえ残っている。もう少し時期を選んでも良いだろうにと、またも宿那が溜息を吐き出しかけた時であった。
――ヒュンッ
「で……っ!?」
「宿那ッ」
唐突な空を裂く矢羽の音に、宿那は反射的に手綱を引いた。彼にはいくらか大きな馬が、不意をつかれて前足を上げる。瞬間、くぐもった音を立てて頭上から落ちてきた矢が土に刺さった。八千穂がはっとして振り返ったその時、宿那は均衡を崩して馬上から転げ落ちた。
咄嗟に八千穂も手綱を放し、馬から飛び降りるようにして駆け寄る。暴れる馬の轡を掴んでなんとか落ち着かせていると、受身を取ったながらもどこかぶつけたらしい宿那は呻きつつも身を起こした。
「怪我は」
「大したこと無いよ、自分で治す――ったく、おい、どこのどいつだ!」
腕をさすり、宿那は大声で木々の向こうに呼びかける。八千穂も珍しく、厳しい眼差しで同じ方向を睨め付けた。一瞬霧の中に吸われた声は木霊になることもなく、沈黙が落ちる。敵か、と思いかけたその時、がさがさと草を分ける音が耳に届いた。返答は今だ無いが、足音は次第に近づいている。それに耳を澄ませる二人は知らず声を飲み込んでいた。
がさり。生い茂る羊歯を踏み分けて、人の影が現れる。霧におぼろなその影は、どうやら背の高い男であった。
「……ああ、すまん、兎の気配だと思ったんだが」
本当にすまないと思っているのかと問い詰めたくなるほどに軽い口調で、男はこちらに寄ってくる。そのあまりの緊張感の無さに、二人は顔を見合わせた。敵――少なくとも、豊葦原の地をいまだ手に入れようとする、高天原の急進派ではなさそうだ。それでも油断はならぬとばかりに、二人は固唾を飲んで男を待った。弓を手にしたその男はすたすたと二人に歩み寄ると、尻餅をついたままの宿那を眺めて不思議そうに眉を上げた。
「見ない顔だな」
「旅人だ」
淡々と八千穂が答えると、男はそちらへ顔を向けた。
「……あ」
今までどこかぼんやりとしていた男は、唐突に目を見開いた。ぽかんと口が開かれて、まさに唖然という様子であった。その変化に八千穂は当惑気味に眉を寄せる。袴をはたいて立ち上がった宿那が、不機嫌そうにその間に割って入ろうとする。
「おい、お前――」
「お前!!」
その宿那を押しのけるようにして、男は八千穂の肩を掴んだ。噛み付かんばかりに勢い込んで、叫ぶように言う。
「よもや、刺国という巫女を知っていないか!?」
叫ばれたその名に、今度は八千穂が呆気にとられる番だった。郷里を遠く離れたこの場所で、まさかその名を聞くなどとは夢にも思わなかったことである。一瞬虚を突かれた八千穂であったが、食い入るような男の目にはっと我に返り、慌てて頷いた。
「それは、私の母の名です」
「母……では、お前は刺国の子か……」
言って、男はちらりと苦い表情を浮かべた。八千穂はいぶかしみ、問い返す。
「母をご存知なのですか?」
「ご存知も何も……それは、俺の姉だ」
つまり俺はお前の叔父ということになるな、と続ける目前の男に、八千穂は今度こそ言葉を失ったのであった。
男の突然の宣言に、八千穂は目を見張って固まった。最も、傍目には単に口をつぐんだだけとしか見えない。付き合いの長い宿那にはそれが分かったが、男はいぶかしむような表情を浮かべた。
「おいおい、空言ではないぞ」
「……あ、いや……」
平静に見えても、八千穂は咄嗟の事態に弱い。当惑を示すように眉を寄せる様子に、宿那がずいと前に出た。彼も驚いたは驚いたのだけれど、好奇心の方が先に立つ性分である。
「単にびっくりしただけだよ、こいつは」
説明をしてやり、それから朝靄に霞んでいる男の顔をまじまじと眺めた。涼しげな目元、通った鼻梁。成る程、見目麗しい丈夫である。確かにその面立ちには、八千穂に通じるものがあった。ただ大きく違って見えるのは、不遜な笑みの似合いそうな口元であろうか。
「血縁……ってのは、嘘じゃなさそうだな」
「先ほどから言っているだろう。――それで、姉上の子がどうしてここに? 姉上は息災か?」
問うてくる男に、八千穂ははっとする。親しげな口ぶりでの問いかけは世間話の気軽さで、それは男が姉の死を知らないことを意味していた。口ごもった八千穂を促すように男が首を傾げる。八千穂は一瞬視線をさまよわせたが、やがて意を決して口を開いた。
「……母は、もう、随分前に」
亡くなりました、と続ける前に八千穂は唇を結んだ。沈黙が落ちる。暫く己の耳を疑っていたのだろう、いくらかの間をおいて、男の表情が変わった。
「――何だって?」
絞り出されたような掠れ声に、答えることが出来ずに俯く。隣に立つ宿那が心配そうにこちらを見たのが分かったが、こればかりは彼のとりなしを期待できない。母が喉を突いたのは宿那と出会うより遥か以前、己の神力も知らないままにその日その日をしのぐように生きていた頃のことである。今ではありありと思い出せる光景であったが、それを男に語ることは彼の問いに答えることにはなるまい。ただただ足元を見つめる八千穂に、男もまたそれ以上を問うことなく虚空を見つめていた。
「そうか……姉上は……」
己に言い聞かせるように、やがて男が口を開いた。八千穂がおずおずとそちらを伺うと、目が合った男は無理やり唇の端を持ち上げてみせる。動乱の世、であったのだ。誰が黄泉路を下っていたとて、不思議ではなかった。そう諦めをつけた男の目は、とても八千穂に似ていると宿那は思った。
「だったら、お前は姉上の忘れ形見ということか。名は?」
「こいつは、八千穂だ」
間髪入れずに言った宿那に、男が驚いたように視線を向ける。だがそれも一瞬のことで、彼は唐突に吹き出した。
「宿那、失礼を――」
「この俺からの呪を懸念するとはな! いやなに、それでこそ姉上の子というものだ」
慌てて宿那をいさめようとした八千穂を制し、彼は笑って言った。寛容な言葉に八千穂は内心安堵する。他者の口を通じて告げられた名には呪が及ばない。逆を言えば、あえて他者に名を告げさせるなど礼儀にかなった所作ではないのだ。宿那の頭をぐいと抑えて、自らと一緒に深々と礼をさせる。
「ご容赦ください。私は八千穂と申します」
「……宿那」
頭を押さえ込まれた宿那が嫌々ながら名を告げる。その様子を眺める男からは、姉の死を知った影が薄れていた。ただ、どこか懐かしむような目をしたまま、彼もまた礼の形を取る。
「俺の名は、御諸だ。――さて甥御殿、こうして会ったのは縁だろう?」
確かめるように言う御諸は、にやりと笑って続ける。
「先を急ぐ旅だとしても、今日は我が家に寄ってもらうからな」
実に強引なその言葉に、八千穂らが異を唱える理由も無かった。
「ほんとに、こっちで合ってるのか?」
うんざりとした問いかけが背に届く。
「……さあ」
「……って、おい、じゃあどこに向かってるんだ」
けれどもしっかりとした足どりに反し、八千穂が返したいらえは曖昧であった。呆れたような宿那の言葉に、八千穂はわずかに思案して言う。
「さあ……ただ、呼ばれている」
「地霊か?」
「おそらくは」
頷く八千穂に、宿那は溜息を吐きたくなった。呼ばれたからほいほいついて行くのか。この男が豊葦原の王なのだと思うと、何やら頭が痛くなりそうだ。周りも八千穂も散々自分を子ども扱いしてくれるが、宿那としては子供はどっちだと声を大にして叫びたかった。そんな宿那の心をよそに、八千穂は更に深い山の中に分け入ってゆく。仕方なく、馬の手綱を握りなおして宿那もそれに続いた。
「近江まで行ったらさ、一度出雲に戻らないか?」
「ああ、そうだな……」
とりとめも無く話しながら、二人が進むのは大和国。この深い山は三輪というのだと、昨日話を聞いたムラの者は言っていた。誰か住まう者はあるのか、と問うてみると、妙な表情が返ってきたことが気にかかる。けれどそれ以上も聞かず、二人は山へと分け入ったのだった。
濃密な霧がじっとりと髪を濡らすのが疎ましく、宿那は尾のように括った髪を頭ごとばさばさと揺らした。手綱を握る袖も心なしか水気を含んで重い。初春の大気はまだまだ冷たく、旅をするのによい季節とは到底思えなかった。奥山には根雪さえ残っている。もう少し時期を選んでも良いだろうにと、またも宿那が溜息を吐き出しかけた時であった。
――ヒュンッ
「で……っ!?」
「宿那ッ」
唐突な空を裂く矢羽の音に、宿那は反射的に手綱を引いた。彼にはいくらか大きな馬が、不意をつかれて前足を上げる。瞬間、くぐもった音を立てて頭上から落ちてきた矢が土に刺さった。八千穂がはっとして振り返ったその時、宿那は均衡を崩して馬上から転げ落ちた。
咄嗟に八千穂も手綱を放し、馬から飛び降りるようにして駆け寄る。暴れる馬の轡を掴んでなんとか落ち着かせていると、受身を取ったながらもどこかぶつけたらしい宿那は呻きつつも身を起こした。
「怪我は」
「大したこと無いよ、自分で治す――ったく、おい、どこのどいつだ!」
腕をさすり、宿那は大声で木々の向こうに呼びかける。八千穂も珍しく、厳しい眼差しで同じ方向を睨め付けた。一瞬霧の中に吸われた声は木霊になることもなく、沈黙が落ちる。敵か、と思いかけたその時、がさがさと草を分ける音が耳に届いた。返答は今だ無いが、足音は次第に近づいている。それに耳を澄ませる二人は知らず声を飲み込んでいた。
がさり。生い茂る羊歯を踏み分けて、人の影が現れる。霧におぼろなその影は、どうやら背の高い男であった。
「……ああ、すまん、兎の気配だと思ったんだが」
本当にすまないと思っているのかと問い詰めたくなるほどに軽い口調で、男はこちらに寄ってくる。そのあまりの緊張感の無さに、二人は顔を見合わせた。敵――少なくとも、豊葦原の地をいまだ手に入れようとする、高天原の急進派ではなさそうだ。それでも油断はならぬとばかりに、二人は固唾を飲んで男を待った。弓を手にしたその男はすたすたと二人に歩み寄ると、尻餅をついたままの宿那を眺めて不思議そうに眉を上げた。
「見ない顔だな」
「旅人だ」
淡々と八千穂が答えると、男はそちらへ顔を向けた。
「……あ」
今までどこかぼんやりとしていた男は、唐突に目を見開いた。ぽかんと口が開かれて、まさに唖然という様子であった。その変化に八千穂は当惑気味に眉を寄せる。袴をはたいて立ち上がった宿那が、不機嫌そうにその間に割って入ろうとする。
「おい、お前――」
「お前!!」
その宿那を押しのけるようにして、男は八千穂の肩を掴んだ。噛み付かんばかりに勢い込んで、叫ぶように言う。
「よもや、刺国という巫女を知っていないか!?」
叫ばれたその名に、今度は八千穂が呆気にとられる番だった。郷里を遠く離れたこの場所で、まさかその名を聞くなどとは夢にも思わなかったことである。一瞬虚を突かれた八千穂であったが、食い入るような男の目にはっと我に返り、慌てて頷いた。
「それは、私の母の名です」
「母……では、お前は刺国の子か……」
言って、男はちらりと苦い表情を浮かべた。八千穂はいぶかしみ、問い返す。
「母をご存知なのですか?」
「ご存知も何も……それは、俺の姉だ」
つまり俺はお前の叔父ということになるな、と続ける目前の男に、八千穂は今度こそ言葉を失ったのであった。
男の突然の宣言に、八千穂は目を見張って固まった。最も、傍目には単に口をつぐんだだけとしか見えない。付き合いの長い宿那にはそれが分かったが、男はいぶかしむような表情を浮かべた。
「おいおい、空言ではないぞ」
「……あ、いや……」
平静に見えても、八千穂は咄嗟の事態に弱い。当惑を示すように眉を寄せる様子に、宿那がずいと前に出た。彼も驚いたは驚いたのだけれど、好奇心の方が先に立つ性分である。
「単にびっくりしただけだよ、こいつは」
説明をしてやり、それから朝靄に霞んでいる男の顔をまじまじと眺めた。涼しげな目元、通った鼻梁。成る程、見目麗しい丈夫である。確かにその面立ちには、八千穂に通じるものがあった。ただ大きく違って見えるのは、不遜な笑みの似合いそうな口元であろうか。
「血縁……ってのは、嘘じゃなさそうだな」
「先ほどから言っているだろう。――それで、姉上の子がどうしてここに? 姉上は息災か?」
問うてくる男に、八千穂ははっとする。親しげな口ぶりでの問いかけは世間話の気軽さで、それは男が姉の死を知らないことを意味していた。口ごもった八千穂を促すように男が首を傾げる。八千穂は一瞬視線をさまよわせたが、やがて意を決して口を開いた。
「……母は、もう、随分前に」
亡くなりました、と続ける前に八千穂は唇を結んだ。沈黙が落ちる。暫く己の耳を疑っていたのだろう、いくらかの間をおいて、男の表情が変わった。
「――何だって?」
絞り出されたような掠れ声に、答えることが出来ずに俯く。隣に立つ宿那が心配そうにこちらを見たのが分かったが、こればかりは彼のとりなしを期待できない。母が喉を突いたのは宿那と出会うより遥か以前、己の神力も知らないままにその日その日をしのぐように生きていた頃のことである。今ではありありと思い出せる光景であったが、それを男に語ることは彼の問いに答えることにはなるまい。ただただ足元を見つめる八千穂に、男もまたそれ以上を問うことなく虚空を見つめていた。
「そうか……姉上は……」
己に言い聞かせるように、やがて男が口を開いた。八千穂がおずおずとそちらを伺うと、目が合った男は無理やり唇の端を持ち上げてみせる。動乱の世、であったのだ。誰が黄泉路を下っていたとて、不思議ではなかった。そう諦めをつけた男の目は、とても八千穂に似ていると宿那は思った。
「だったら、お前は姉上の忘れ形見ということか。名は?」
「こいつは、八千穂だ」
間髪入れずに言った宿那に、男が驚いたように視線を向ける。だがそれも一瞬のことで、彼は唐突に吹き出した。
「宿那、失礼を――」
「この俺からの呪を懸念するとはな! いやなに、それでこそ姉上の子というものだ」
慌てて宿那をいさめようとした八千穂を制し、彼は笑って言った。寛容な言葉に八千穂は内心安堵する。他者の口を通じて告げられた名には呪が及ばない。逆を言えば、あえて他者に名を告げさせるなど礼儀にかなった所作ではないのだ。宿那の頭をぐいと抑えて、自らと一緒に深々と礼をさせる。
「ご容赦ください。私は八千穂と申します」
「……宿那」
頭を押さえ込まれた宿那が嫌々ながら名を告げる。その様子を眺める男からは、姉の死を知った影が薄れていた。ただ、どこか懐かしむような目をしたまま、彼もまた礼の形を取る。
「俺の名は、御諸だ。――さて甥御殿、こうして会ったのは縁だろう?」
確かめるように言う御諸は、にやりと笑って続ける。
「先を急ぐ旅だとしても、今日は我が家に寄ってもらうからな」
実に強引なその言葉に、八千穂らが異を唱える理由も無かった。
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